今回のテーマは南太平洋上にあるフォークランド諸島に関して。
フォークランド諸島はアルゼンチンから程近い場所にあるのですが、なぜかイギリス領となっています。
なぜ南米にある諸島が遠く離れたイギリス領になっているのでしょうか?
謎に迫ります。
フォークランド諸島の場所
まずはフォークランド諸島の場所から確認しましょう。
かなりざっくりしたものになりますが、イギリス・アルゼンチン・フォークランド諸島の位置は上記の通り↑
ご覧の通り、フォークランド諸島があるのは南米のすぐそば。
イギリスからはかなり離れているのがわかります。
なぜフォークランド諸島は遠く離れたイギリス領になるのでしょうか?
フォークランド諸島がイギリス領である理由
フォークランド諸島がイギリス領である最もたる理由は、一番最初にイギリス人が入植したからです。
実は、これは”歴史あるある”。
遠く離れた場所であっても、第一発見者や入植者がいればその国の領土になるという流れ。
例えば、カナダの北にあるグリーンランドは遠い昔、バイキングが発見したため、今でもデンマーク領です。
フォークランド諸島が領土問題になった経緯
がしかし、色々とあってその後、フォークランド諸島はイギリスとアルゼンチン間で領土問題に発展するのです。
領土問題になるまでの経緯を時系列で表すとこうなります↓
1592年
イギリス人がフォークランド諸島を訪れ、入植
※1520年にポルトガル人が発見という説もあるが、イギリス政府は1592年にイングランドの探検家ジョン・デイヴィスが発見したと記録
↓
1774年
イギリスは一度、フォークランド諸島から撤退
↓
1820年
アルゼンチンがスペインから独立(1816年)した後、フォークランド諸島はアルゼンチン領だと宣言
↓
1833年
イギリスが再びフォークランド諸島に入植し、イギリス領だと宣言
↓
1982年
領有権をめぐる2国間でフォークランド紛争が勃発。
以後、イギリスとアルゼンチンは1990年まで断行が続く。
フォークランド諸島の領土問題は今尚、完全に解決していません。
上記の表を見る限り、1774年にイギリスが一旦、フォークランド諸島から徹底しているのが大きなターニングポイント。
なぜイギリスは一度、フォークランド諸島から撤退したのでしょうか?
実はこの間、フォークランド諸島の領有権を巡ってイギリスはスペインと揉めていました。
しかし、イギリスは同じ時期、アメリカ独立戦争に備えていた為、スペインとの大きな戦争は避け、降伏&撤退したのです。
しかし、その後、再びイギリスが圧力をかけ、スペインは1811年にフォークランド諸島から撤退しました。
このようにフォークランド諸島の領有権がコロコロ変わっていなければ、今日のように大きな領土問題には発展していなかったかもしれません。
フォークランド諸島が必要な理由
では、なぜ両国はフォークランド諸島が必要なのでしょうか?
理由を挙げればきりがないと思いますが、ここでは大きなポイントを2つあげます。
一つはフォークランド諸島では石油が採掘されること。
エネルギー資源はどこの国にとっても魅力的な要素です。
そして、もう一つは地理的な利点。
これは、とりわけイギリスに言えることです。
フォークランド諸島は大西洋から太平洋に抜ける要所にあるため、ここに拠点があることはイギリスにとってかなり大きなことなのです。
まとめ
以上、フォークランド諸島の領土問題についてでした。
まとめると、
フォークランド諸島はイギリスから遠く離れた場所にあるが、イギリス人が初めに入植したため、イギリス領となっている
ということになります。
現在、フォークランド諸島は多くのイギリス系住民で構成されています。
フォークランド紛争時は島の人口は1,000人程でしたが、今は3,000人を超えています。
イギリス・アルゼンチン間でのフォークランド諸島を巡る論争は今後も続くものと思われます。
本当に領土問題って難しいですね。